テニスに明け暮れた大学時代。
偶然就職課で紹介されたオルガノ。
文系の私には水処理会社と聞いてもピン!と来なかったが
選考がトントン拍子に進み、無事に内定。
まさかその時はこんなに長く働くとは思ってもみなかった。
30人の同期とはすぐに打ち解け、5ヶ月間の新人研修も合宿のようで楽しかった。
オフも、温泉旅行など同期と共に過ごす時間は多く、とても充実していた。


−経理部への配属。
誰もが「秋元は営業」と疑わなかったので・・ビックリ。
もちろん当時は経理について、何1つ知識は無かった。
そんな中で向かった経理は、当時はパソコンなんて1人1台は無く、そろばんをパチパチと弾く音が響き渡る場所だった。
ただ、女性社員が多くとても華やかなイメージだった。
そんな中で社会人の第一歩目が始まった。
平日は、仕事を定時に終わらせ、先輩と飲み歩く日々。
週末は、テニスコートで汗を流してリフレッシュ。
会社のテニス仲間と海に行ったり、経理部のみんなで開園間もないディズニーランドに行ったこともあった。
仕事に慣れるまでは大変だったが、先輩や同僚に恵まれ、今思うと すごく平和でいい時代だった。
仕事も任され、経理の仕事が面白く感じていた入社6年目の夏、
システム部(現情報システム部)に異動。
経理とは全く違う世界だったが、以前から興味のある部署への異動だったので
しっかりと仕事に取り組めた。
そして2年間付き合っていた彼女と結婚。
以前に比べなるべく早く帰ったり、昔から得意だった料理を週末に振る舞ったりと、充実した新婚生活を過ごした。
公私共に順調だったこの時期、気がつくと6キロも体重が増えていた。
そして結婚3年目の春に長女が生まれた。
画数の本を購入して名前を考えたり、育児の本を読んだり
生まれる前も忙しかったが、生まれた後は写真を撮るのに忙しかった。
それでも念願の女の子が生まれて、本当に嬉しかった。

情報システム部での経験が、経理部へ戻りたい気持ちをつき動かした。
何もわからないまま入社し、過ごした経理部。
『もっと経理部で責任のある仕事がしたい』そう思い、上司と相談する中で経理部への異動が決まった。
3年ぶりの経理は状況がまるっきり変わっていた。
効率化を求められ、部署のメンバー数もかなり減っていた上、
会計ビックバンと呼ばれる世界的な会計ルールの統一化もあり、仕事は増える一方。
週末に出勤することも多くなった。
家族との時間も大切にしたい、娘の寝顔を見ては疲れを癒した。
そして長女誕生から3年目、次女の誕生。
国際化の時代を考えて、海外の人にも呼びやすい名前を付けた。
自分で言うのも変だけど、結構子煩悩だと思う。








2006年12月、新設部署のガバナンス改革室への異動が決まった。

